はじめに
アスベスト(石綿)による健康被害は、吸い込んでから数十年という長い潜伏期間を経て発症することが最大の特徴です。そのため、病気が発覚した時には、かつてアスベストを取り扱っていた勤務先がすでに倒産していたり、廃業していたりするケースが少なくありません。
「会社がもうないから、誰にも請求できない」
「社長とも連絡が取れないし、証明書ももらえないので諦めるしかない」
もし、そのように考えて請求を躊躇されているのであれば、決して諦めないでください。結論から申し上げますと、勤務先が倒産・廃業していても、アスベスト被害に対する給付金や賠償金を受け取れる可能性はあります。
なぜなら、アスベスト被害者を救済するための主要な制度は、会社ではなく「国」が運営・管理しているものが多いからです。
この記事では、会社がすでに存在しない場合でも利用できる救済制度の詳細と、証拠がない場合の対処法について、法律の専門家の視点から解説します。
はじめに
アスベスト被害のご相談を受ける中で、非常に多くの方が「会社がなくなっていること」を理由に、手続きを断念しようとされています。高度経済成長期に建設現場や工場で働いていた方々にとって、当時の会社が現在も存続しているケースの方がむしろ稀かもしれません。
しかし、日本の法制度や社会保障制度は、企業の存続に関わらず、労働者やそのご家族を守る仕組みを持っています。会社がないからといって、あなたが受けた被害に対する補償を受ける権利が消滅するわけではありません。
本記事では、会社が倒産・廃業している場合に利用できる具体的な制度と、会社側の協力が得られない状況でどのように被害を立証すればよいのか、その解決策を提示します。
倒産・廃業時の請求に関するQ&A
まずは、会社が存在しない場合によくある疑問について、Q&A形式で解説します。
Q1. 会社が倒産していますが、労災保険の申請はできますか?
はい、問題なく申請できます。
労災保険(労働者災害補償保険)は、会社が保険料を支払い、国(政府)が運営している保険制度です。したがって、会社が倒産して消滅していたとしても、国の制度自体は機能しているため、給付を受けることができます。会社による証明(事業主証明)が得られない場合でも、労働基準監督署に事情を説明し、代替書類を提出することで申請を受け付けてもらえます。
Q2. 建設アスベスト給付金は、当時の親方が廃業していても請求できますか?
はい、請求可能です。
「建設アスベスト給付金」は、国が主体となって被害者を救済する制度です。当時の事業主や親方個人に請求するものではないため、親方が廃業していたり、亡くなっていたりしても手続きに支障はありません。重要なのは「いつ、どのような作業に従事していたか」を公的資料などで証明することです。
Q3. 昔のことで、会社の正確な名前も場所も覚えていません。それでも大丈夫ですか?
調査によって特定できる可能性があります。
ご自身の記憶が曖昧でも、年金記録(厚生年金記録)や雇用保険の履歴などを照会することで、当時の勤務先名称や所在地、勤務期間を特定できるケースが多くあります。また、閉鎖された会社の登記簿(閉鎖事項証明書)を取得することで、会社の存在自体を証明することも可能です。
解説:会社がなくても利用できる4つの救済ルート
会社が倒産・廃業している場合でも、諦める必要はありません。アスベスト被害に関しては、主に以下の4つの制度が、企業の存続に関わらず利用可能です。
1. 労災保険(労働基準監督署)
最も基本的かつ重要な制度です。労災保険は、労働者が業務中に負った怪我や病気に対して、国が必要な保険給付を行うものです。
なぜ会社がなくても大丈夫なのか
労災保険の「保険者(支払う人)」は国です。会社はあくまで保険料を納付する立場に過ぎません。会社が消滅しても、過去に雇用関係があり、業務としてアスベストにばく露した事実があれば、国が責任を持って給付を行います。
「事業主証明」がない場合の対処法
通常、労災申請書には事業主の署名・捺印が必要です。しかし、倒産や廃業で事業主が存在しない場合、または連絡が取れない場合は、その事情を記載した書面を添えることで、事業主の証明なしで申請することが認められています(これを「証明不能」の扱いといいます)。
2. 建設アスベスト給付金(国)
建設現場で働き、アスベスト関連疾患を発症した方(またはその遺族)に対する給付金制度です。
制度の性質
これは、国が長年にわたりアスベスト規制を怠った責任を認め、国として被害者に賠償する性質を持つ制度です。そのため、請求相手は「国」であり、かつての勤務先ではありません。
対象となる方
中小企業の従業員、一人親方、個人事業主など。
必要なこと
当時の会社が存在するかどうかよりも、「特定の期間に、対象となる建設業務に従事していたか」の証明が重要になります。
3. 工場型アスベスト国家賠償請求(国)
アスベスト製品の製造・加工を行う工場で働き、被害に遭った方を対象とした制度です。
制度の仕組み
いわゆる「泉南アスベスト訴訟」の最高裁判決に基づき、国が被害者に賠償金を支払う制度です。国を相手に訴訟を起こし、和解手続きを経て賠償金を受け取ります。
会社との関係
こちらも請求相手は「国」ですので、当時の工場が閉鎖されていても、会社が倒産していても請求可能です。
4. 石綿健康被害救済法(環境再生保全機構)
労災認定を受けられなかった方や、時効により労災給付を受けられない方のためのセーフティネットです。
特徴
この制度も、国からの交付金や事業者からの拠出金で運営される独立行政法人が実施主体です。個別の会社の存続は受給要件に関係しません。アスベスト工場の近隣住民の方や、家族の作業服からアスベストを吸い込んだ(家庭内ばく露)方なども対象となります。
解説:会社への損害賠償請求は可能か?
ここまでは「国」が主体となる制度について解説しましたが、では「元勤務先」そのものに対する損害賠償請求(慰謝料などの請求)はどうなるのでしょうか。
1. 会社が完全に消滅している場合
会社が法的な倒産手続き(破産など)を完了し、法人格が消滅している場合、残念ながらその会社に対して損害賠償を請求することは、原則としてできません。請求する相手が存在しないからです。
2. 形を変えて存続している場合
「会社がなくなった」と思っていても、法的には責任が引き継がれているケースがあります。
- 吸収合併: 別の会社に吸収合併された場合、合併後の新しい会社が元の会社の権利義務をすべて承継します。つまり、新しい会社に対して損害賠償請求が可能です。
- 事業譲渡: 事業の一部が別の会社に譲渡されている場合、条件によっては譲渡を受けた会社に責任を問える可能性があります。
- 社名変更: 単に社名が変わっただけで、会社自体は存続しているケースも多々あります。
このように、外見上は会社がないように見えても、調査を行えば請求先が見つかる可能性があります。
解説:証明資料がない場合の「証拠収集テクニック」
会社がない場合、最大の問題となるのが「当時の就労状況をどうやって証明するか」です。会社に在籍証明を頼むことができないため、ご自身で証拠を集める必要があります。ここでは、有効な代替手段をご紹介します。
1. 「被保険者記録照会回答票」の活用
年金事務所で取得できる「被保険者記録照会回答票」には、過去に加入していた厚生年金の記録が詳細に記載されています。
- 事業所名(会社名)
- 資格取得日(入社日)と資格喪失日(退社日)
- 事業所の所在地
これがあれば、会社がなくなっていても「いつ、どの会社にいたか」を公的に証明できます。
2. 「閉鎖事項証明書(閉鎖登記簿)」の取得
法務局では、すでに存在しない会社の登記情報(閉鎖事項証明書)を取得することができます。これにより、その会社が実在していたことや、事業目的(「建築工事請負」「断熱材製造」など)を確認でき、アスベストを取り扱う業務を行っていたことの間接的な証拠となります。
3. ハローワークの履歴
雇用保険(失業保険)の加入履歴も、職歴の証明になります。
4. 当時の同僚の証言(陳述書)
書類がない場合、当時一緒に働いていた同僚の証言が有力な証拠になることがあります。
「毎日〇〇現場で、石綿の吹き付け作業を一緒に行っていた」という具体的な証言を陳述書としてまとめることで、労働基準監督署や裁判所に事実を認めてもらえる可能性があります。
5. その他の資料
- 給与明細、源泉徴収票
- 当時の作業日報、手帳
- 現場で撮影した写真
- 健康診断の結果通知書
- 退職証明書
どんなに小さなメモや書類でも、組み合わせることで証拠となり得ます。捨てずに保管しておき、弁護士に見せることが重要です。
弁護士に相談するメリット
会社が倒産・廃業しているケースでのアスベスト請求は、会社が存続しているケースに比べて、証拠集めの難易度が高くなります。このような場合こそ、弁護士のサポートが大きな力を発揮します。
1. 倒産した会社の調査が可能
弁護士は、職権により戸籍や登記情報の調査を行うことができます。
「昔のことで会社名もうろ覚え」という場合でも、ご記憶の断片や年金記録から会社を特定し、閉鎖登記簿を取り寄せて、会社の事業内容や存続状況(合併先がないか等)を徹底的に調査します。これにより、諦めかけていた請求の糸口が見つかることがあります。
2. 「証明不能」でも認定を勝ち取るノウハウ
会社が存在しない場合、労災申請や給付金請求において「どのように書類を作成するか」が認定の可否を分けます。
弁護士は、事業主の証明が得られない場合の申立書の作成や、当時の作業実態を証明するための陳述書の作成に精通しています。書類の不備で不支給となるリスクを最小限に抑え、スムーズな認定を目指します。
3. 最適な救済制度の組み合わせを提案
前述の通り、会社がない場合でも利用できる制度は複数あります。
「まずは労災を申請し、認定後に建設アスベスト給付金を請求する」「企業の責任追及は難しいが、国に対する賠償請求は行う」など、被害者の方の状況に合わせて、最も経済的メリットが大きくなるようなプランを提案します。
4. 煩雑な手続きを代行
証拠書類の収集、労働基準監督署とのやり取り、場合によっては裁判所への提訴など、手続きは多岐にわたります。体調が優れない方や、ご高齢のご遺族にとって、これらの手続きは大きな負担です。弁護士に依頼することで、複雑な手続きを任せ、治療や生活に専念することができます。
まとめ
「会社が倒産してしまったから、泣き寝入りするしかない」
そう思っていた方も、本記事を読んで希望を持っていただけたのではないでしょうか。
重要なポイントを振り返ります。
- アスベスト救済の多くは「国」が主体の制度であり、会社の倒産・廃業は受給の障害にならない。
- 労災保険、建設アスベスト給付金、国賠請求など、利用できる制度は複数ある。
- 会社がなくなっていても、年金記録や閉鎖登記簿などで就労実態は証明できる。
- 合併などで会社が形を変えて存続している場合は、企業への賠償請求も可能な場合がある。
過去の勤務先がないからといって、あなたが受けた健康被害がなかったことになるわけではありません。法制度は、そのような状況にある被害者の方々もしっかりと救済できるように設計されています。
「資料が手元に何もない」「会社の名前も正確に思い出せない」という状態でも構いません。まずは記憶を頼りに、弁護士にご相談ください。専門家が調査を行えば、埋もれていた記録が見つかり、正当な補償への道が開けるケースは数多くあります。諦める前に、まずは第一歩を踏み出してみましょう。
【次のステップ】
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