はじめに
「父は、アスベストが原因の肺がんで亡くなりました。生前、本人は補償のことなど何も言っていませんでしたが、今からでも何かできることはあるのでしょうか…」
「夫を中皮腫で亡くし、悲しみに暮れるばかりで、何も手につきませんでした。もう手遅れでしょうか…」
大切なご家族をアスベスト(石綿)による病気で亡くされたご遺族様から、私たちはこのような切実なご相談を数多くお受けします。ご家族を失った悲しみの中で、複雑な補償手続きのことまで考える余裕がないのは、当然のことです。
しかし、どうか知ってください。故人が受け取るはずだった補償の権利は、決して消滅してしまったわけではありません。その権利は、残されたご遺族様に引き継がれ、ご遺族様が故人に代わって請求することができます。それは、故人の無念を晴らすとともに、残されたご家族の今後の生活を守るための、正当な権利なのです。
Q&A
Q1. 誰が「遺族」として請求できるのですか?
請求できる「遺族」の範囲と順位は、各制度の法律で定められています。一般的には、故人の死亡当時に、その収入によって生計を維持していた①配偶者(事実婚を含む)、②子、③父母、④孫、⑤祖父母、⑥兄弟姉妹の順となります。例えば、生計を維持されていた配偶者がいる場合、子がいたとしても、請求権者は配偶者となります。順位が上の方から請求権を持つことになります。
Q2. 故人の詳しい職歴が分かりません。それでも請求は可能ですか?
はい、可能です。ご遺族様からのご依頼で最も多いのが、この「故人の職歴が分からない」というケースです。ご本人が亡くなっているため、職歴の調査はより困難になりますが、諦める必要はありません。弁護士が、故人の年金記録や雇用保険の記録をさかのぼって調査したり、遺品(手帳や写真など)から手がかりを探したり、場合によっては昔の同僚の方を探し出したりと、あらゆる方法を駆使して、故人のアスベストばく露歴を明らかにするお手伝いをいたします。
Q3. 父が亡くなってから10年以上経っています。もう時効で無理ですよね?
一概にそうとは言い切れません。諦めるのはまだ早いです。 確かに、請求には「時効」という期限があります。しかし、アスベスト被害の場合、潜伏期間が非常に長いという特殊性から、時効の考え方が通常と異なる場合や、法改正によって時効が延長されている場合があります。
特に、極めて重要な法改正があります。労災保険の遺族補償給付(時効5年)を請求できなくなったご遺族を救済するための「特別遺族給付金」制度は、2022年6月の法改正により、請求期限が10年間延長され、2032年3月27日まで請求可能になりました。これは、以前の期限では救済が不十分であるとの声を受け、国が被害者救済を優先した結果です。
また、建設アスベスト給付金の請求期限は死亡日から20年と長く設定されています。自己判断で「もう手遅れだ」と諦めてしまう前に、専門家である弁護士にご相談ください。
解説
ご遺族が請求できる4種類の補償
故人がアスベスト被害に遭われた場合、ご遺族様は主に以下の4つの補償を請求できる可能性があります。
1. 労災保険の「遺族(補償)等給付」
故人が労働者で、仕事が原因で亡くなられた場合に、労働基準監督署から支給されます。
- 遺族(補償)年金: 故人の収入によって生計を立てていた遺族がいる場合に、継続的に年金が支給されます。
- 遺族(補償)一時金: 年金の対象となる遺族がいない場合に、まとまった額の一時金が支給されます。
- 葬祭料(葬祭給付): 葬儀を行った方に、葬儀費用の一部が支給されます。
2. 石綿健康被害救済法の「特別遺族給付」
故人が労災の対象外(自営業者など)だった場合や、労災の時効が過ぎてしまった場合に、環境再生保全機構(ERCA)から支給されます。
- 特別遺族弔慰金: 280万円。
- 特別葬祭料: 約20万円。
- 特別遺族給付金: 労災の遺族補償給付の時効(5年)が過ぎてしまったご遺族が対象です。年金または一時金が支給されます。
3. 建設アスベスト給付金の「遺族給付」
故人が建設労働者だった場合に、国から直接支給されます。
- 故人が受け取るはずだった給付金を遺族が請求:故人が生前に請求していなかった場合、ご遺族が代わって、病状に応じた給付金(550万円~1,300万円)を請求できます。
4. 国や企業への「損害賠償請求」
公的給付とは別に、故人が本来持っていた、国や企業に対する損害賠償請求権(慰謝料請求権など)を、ご遺族が相続して行使することができます。
- 故人の慰謝料: 故人が病気によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料。
- 遺族固有の慰謝料: 大切な家族を失ったご遺族様自身の精神的苦痛に対する慰謝料。
- 逸失利益: 故人が生きていれば得られたはずの収入。
- 葬儀費用
これらの合計額は、数千万円に及ぶこともあり、ご遺族の今後の生活を支える上で重要なものとなります。
なぜ、ご遺族こそ弁護士への相談が必要なのか
ご遺族様による請求は、ご本人が請求する場合に比べて、乗り越えるべきハードルが高くなります。だからこそ、弁護士のサポートが重要です。
困難な「故人のばく露歴調査」の専門家
弁護士は、ご遺族様に代わって、戸籍謄本などの必要書類を収集し、年金事務所やハローワークに照会をかけ、故人の職歴を明らかにします。故人の交友関係などから、元同僚を探し出し、証言をお願いするといった、地道な調査も行います。
複雑な相続関係の整理
誰が正当な請求権者であるか、他に相続人はいないかなど、法律に基づいた相続関係の整理を行います。これにより、後の親族間トラブルなどを防ぎます。
すべての請求手続きの代理
ご遺族様は、ただでさえ精神的に辛い状況にあります。労働基準監督署やERCA、裁判所などとの煩雑なやり取りは、すべて弁護士が代理人として行います。ご遺族様の手を煩わせることはありません。
まとめ
大切なご家族をアスベストで亡くされた悲しみは、決して癒えるものではありません。しかし、故人が残してくれた権利を主張することは、決して無駄なことではありません。
- 故人が受け取るはずだった補償の権利は、ご遺族様に引き継がれます。
- 「労災保険」「石綿健康被害救済法」「建設アスベスト給付金」「損害賠償請求」など、ご遺族が請求できる補償は多数あります。
- 亡くなってから時間が経っていても、法改正により時効が延長されているケースがあり、諦める必要はありません。
- 故人の職歴調査など、ご遺族による請求は困難を伴いますが、弁護士がそのすべてをサポートします。
「もう手遅れかもしれない」と一人で悩み、諦めてしまう前に、どうか一度、ご相談ください。故人の生きた証と、残されたご家族の未来のために、できることがあります。故人を偲ぶお気持ちに寄り添いながら、私たちが法的側面から支えます。
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