はじめに
アスベスト(石綿)による健康被害に対する救済制度は、一つではありません。「労災保険」「石綿健康被害救済法」「建設アスベスト給付金」など、複数の制度が用意されています。しかし、これらの制度は誰もが自由に選べるわけではなく、あなたが「どのような働き方をしていたか」によって、利用できる制度が大きく変わってきます。
会社員として働いていたのか、建設現場で一人親方として腕を振るっていたのか、あるいは自営業を営んでいたのか。ご自身の過去の働き方を正しく把握することが、適切な救済への最短ルートを見つけるための鍵となります。この記事では、アスベスト被害に遭われた方の「働き方」に着目し、それぞれのケースでどの救済制度を選ぶべきかを、具体的なパターンに分けて解説します。
Q&A
Q1. 正社員だけでなく、アルバイトや日雇いでも「会社員」と同じ扱いになりますか?
はい、その通りです。重要なのは、雇用形態(正社員、契約社員など)ではなく、会社(事業主)に「労働者」として雇用され、指揮命令を受けて働いていたかどうかです。アルバイト、パートタイマー、日雇い労働者であっても、労働者として雇用されていれば、原則として最も手厚い補償制度である「労災保険」の対象となります。
Q2. 建設業で、いくつかの会社で会社員として働き、その後独立して一人親方になりました。この場合はどうなりますか?
このように働き方が変わっているケースは多く、専門的な判断が必要です。まず、会社員として働いていた期間については、「労災保険」と「建設アスベスト給付金」の両方の対象となる可能性があります。そして、一人親方として働いていた期間については、「建設アスベスト給付金」の対象となります。もし、一人親方の期間に労災保険の「特別加入」をしていなければ、その期間は労災の対象外ですが、医療費などをカバーする「石綿健康被害救済法」で救済される可能性があります。弁護士にご相談いただければ、こうした複雑な職歴を整理し、利用できる制度を組み合わせて最適な請求プランを立てます。
Q3. 働いていた会社が倒産してしまいました。もう何も請求できませんか?
諦める必要はありません。労災保険や建設アスベスト給付金は、国が給付を行う制度であり、会社が存続しているかどうかは関係ありません。会社が保険料を納めていなかったり、既に倒産していても、労働者であった事実を証明できれば、国から給付を受けられます。これは、アスベスト被害の潜伏期間が数十年と非常に長いため、発症時には会社が存在しないケースが多いことを想定して作られた制度設計です。会社の状況を理由に諦めないでください。
解説
働き方別!アスベスト救済制度の選び方
あなたの働き方に最も近いケースはどれか、確認してみましょう。
ケース1:会社員として働いていた方(建設業以外)
(例:工場、製造業、自動車整備、ボイラー技士、元国鉄職員など)
第一に検討すべき制度:『労災保険』
あなたの病気が、仕事でアスベストにばく露したことが原因であると証明できれば、労災保険の対象となります。治療費や休業補償、障害・遺族年金など、手厚い補償が期待できます。まずは、労働基準監督署への労災申請を目指すのが王道です。
労災が使えない場合の選択肢:『石綿健康被害救済法』
以下のような理由で労災保険が使えない場合は、この制度で救済される道があります。
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- 業務との因果関係の証明が難しい場合
- 労災請求の時効(遺族補償給付は死亡から5年など)が過ぎてしまった場合
ケース2:会社員として働いていた方(建設業)
(例:建設会社の現場監督、大工、左官、塗装工、解体作業員など)
検討すべき制度:『労災保険』+『建設アスベスト給付金』
建設業の労働者だった方は、「2階建て」の補償を受けられる可能性があります。
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- まずは『労災保険』を申請: 他の業種と同様に、手厚い年金給付などが補償の基礎となります。
- 次に『建設アスベスト給付金』を請求: 労災保険の給付に加え、国から直接、病状に応じて550万円~1,300万円の一時金が支給されます。労災保険の給付との間で一部調整はありますが、両方を受給することで、補償の総額は大きくなります。
ケース3:一人親方・個人事業主として働いていた方(建設業)
(例:一人親方の大工、個人事業主の電気工事業者など)
メインとなる制度:『建設アスベスト給付金』
国の規制の遅れによって被害を受けた建設労働者を救済するという目的から、この制度は一人親方や個人事業主も広く対象としています。病状に応じて、550万円~1,300万円の一時金が支給される可能性があります。
- 併用を検討する制度
- 『労災保険(特別加入)』: もし、ご自身の意思で労災保険に「特別加入」していた場合は、労働者と同様に労災保険の給付も受けられます。この場合、ケース2と同様に「2階建て」の補償が可能です。
- 『石綿健康被害救済法』: 労災保険に特別加入していなかった場合は、この制度で医療費や療養手当の給付を受けられる可能性があります。
ケース4:自営業者(建設業以外)、専業主婦、ばく露源不明の方
(例:理髪師、クリーニング店主、アスベスト工場の近隣住民、労働者の家族など)
利用できる唯一の公的制度:『石綿健康被害救済法』
労働者ではないため労災保険の対象外であり、また建設業従事者でもないため、この制度が唯一の公的な救済の道となります。医療費の自己負担分や、月額約10万円の療養手当などが支給されます。原因がはっきりしない場合でも諦めず、この制度の利用を検討してください。
なぜ、弁護士への相談が必要なのか
ご自身の働き方を基に、利用できる制度の見当をつけることはできます。しかし、最適な形で権利を実現するためには、弁護士のサポートが重要です。
- 複雑な職歴の整理と最適なルートの特定
複数の会社を転々としたり、会社員と一人親方の両方を経験したりと、職歴は人それぞれです。弁護士は、こうした複雑な職歴を法的に整理し、利用できるすべての制度を見つけ出し、有利な請求プランを立てることができます。 - 働き方の「証明」をサポート
どの制度を利用するにしても、「どのように働いていたか」を客観的に証明する必要があります。特にご本人が亡くなっている場合や、会社が倒産している場合、この証明は困難を極めます。弁護士は、年金記録や雇用保険記録といった公的記録の取り寄せや、元同僚の証言収集などを通じて、この証明活動をサポートします。 - 制度の選択を誤るリスクの回避
自己判断で制度を選択した結果、「もっと有利な制度があったのに…」と後悔するケースも少なくありません。弁護士に相談することで、そうした機会損失のリスクをなくし、受けられるべき補償を確保することができます。
まとめ
アスベスト被害の救済制度は、あなたの「働き方」と密接に結びついています。
- 会社員なら、まずは手厚い「労災保険」を目指しましょう。
- 建設業従事者(会社員・一人親方問わず)なら、「建設アスベスト給付金」という強力な選択肢があります。
- 自営業者や専業主婦など、労災の対象外の方にも、「石綿健康被害救済法」というセーフティネットが用意されています。
ご自身の過去の働き方を振り返り、どのケースに当てはまるかをご確認ください。そして、もし少しでも当てはまる可能性があれば、あるいは複数のケースにまたがり判断に迷う場合は、自己判断せずに専門家にご相談ください。
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