はじめに
「アスベスト」や「石綿(いしわた、せきめん)」という言葉を、ニュースなどで耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。かつては「奇跡の鉱物」ともてはやされ、私たちの生活に欠かせない建材や工業製品に広く利用されてきました。しかしその裏で、アスベストは、長い年月を経て人々の健康を静かに蝕む深刻な健康被害を引き起こす物質であることが明らかになりました。
アスベスト問題は、決して過去のものではありません。長い潜伏期間を経て、今なお多くの方がアスベストが原因の病気に苦しんでおられます。また、ご自身やご家族が過去にアスベストを吸い込んでしまったのではないかと、不安な日々を過ごされている方もいらっしゃるでしょう。
この記事は、アスベスト問題に直面されている方々に向けて、その基礎知識から解説するものです。
アスベストとは一体何なのか、なぜ危険なのか、どのような健康被害があり、どのような救済の可能性があるのか。この記事が、皆様の疑問や不安を解消し、正しい知識を得て、次の一歩を踏み出すための手助けとなれば幸いです。
アスベストに関するQ&A
アスベストについて、多くの方が抱かれる疑問にQ&A形式でお答えします。
Q1. アスベストは昔の建材や製品で、今はもう関係ないのではないでしょうか?
確かに、日本国内ではアスベストの使用は原則として全面的に禁止されています。しかし、問題は過去に建てられた建物や製造された製品にあります。規制される前に建てられた住宅、ビル、工場、学校などの建築物には、今なおアスベストを含んだ建材が数多く残存しています。これらの建物が解体されたり、老朽化によって破損したりする際に、アスベスト繊維が飛散し、知らず知らずのうちに吸い込んでしまうリスクは依然として存在します。そのため、アスベスト問題は現代に生きる私たちにとっても、決して無関係な問題ではないのです。
Q2. アスベストを少し吸っただけでも、すぐに病気になってしまうのでしょうか?
アスベストによる健康被害の大きな特徴は、吸い込んでから病気を発症するまでの「潜伏期間」が15年から50年と、非常に長い点にあります。そのため、アスベストを吸い込んでもすぐに症状が出ることはほとんどありません。
どのくらいの量を吸い込んだら病気になるか、という点については、ばく露量が多いほどリスクが高まるとされていますが、「これ以下なら安全」という明確な基準はありません。ごく微量でも、長期間のばく露であれば発症のリスクはありますし、短期間でも高濃度のアスベストにばく露すればリスクは高まります。
重要なのは、過去にばく露した可能性があるかどうかを冷静に振り返り、ご自身の健康状態に注意を払うことです。過度に不安になる必要はありませんが、正しい知識を持つことが大切です。
Q3. 家族がアスベストを扱う仕事をしていました。家族にも健康被害のリスクはありますか?
はい、その可能性はあります。過去にアスベスト製造工場や建設現場などで働いていた方が、作業着や身体に付着したアスベストの粉じんを家庭内に持ち込んでしまい、同居していたご家族がそれを吸い込んで健康被害を受ける「家庭内ばく露」のケースが確認されています。
また、アスベスト工場の近隣に居住していたことで、工場から飛散したアスベストを吸い込んでしまい、健康被害が生じる「近隣ばく露」の事例も報告されています。
ご家族の職歴や過去の居住環境に心当たりがある場合は、ご家族ご自身の健康にも注意が必要です。
【解説】アスベスト(石綿)問題の基礎知識
1. アスベスト(石綿)とは何か?
アスベスト(Asbestos)は、日本語では「石綿(いしわた、せきめん)」と呼ばれます。これは、天然に存在する鉱物繊維の一種です。髪の毛の5000分の1程度という、目には見えないほど極めて細い繊維から成り立っています。
この繊維は、熱や摩擦、酸、アルカリに強く、電気を通しにくいといった多くの優れた特性を持っています。さらに、安価で加工がしやすかったことから、かつては「奇跡の鉱物」と呼ばれ、建設資材、電気製品、自動車部品、工業用機械など、実に3000種類以上もの製品に幅広く使用されてきました。
特に日本では、1970年代から1990年代にかけて使用のピークを迎え、建物の耐火性や断熱性を高める目的で、吹付け材、保温材、屋根材、壁材、床材などに大量に使用されてきた歴史があります。
2. アスベストの危険性:なぜ人体に有害なのか
優れた特性を持つ一方で、アスベストはその形状ゆえに人体にとって深刻な脅威となります。
アスベストの危険性の根源は、その「極めて細かく、丈夫で、体内で分解されにくい」という性質にあります。
1. 飛散しやすく、吸い込みやすい
アスベストを含む建材などが劣化したり、切断・研磨などの加工をされたりすると、目に見えない微細な繊維が空気中に飛散します。この飛散したアスベストを呼吸によって吸い込んでしまうことを「ばく露」と呼びます。
2. 肺の奥深くまで到達し、体内に残留する
吸い込まれたアスベスト繊維は、非常に細かいため、鼻や気管の防御機能を通り抜け、肺の最も奥にある「肺胞(はいほう)」にまで到達します。そして、体内の免疫機能では分解・排出することができず、異物として肺の組織や胸膜(肺を覆う膜)に突き刺さり、長期間にわたって体内に留まり続けます。
3. 細胞を傷つけ、病気を引き起こす
体内に残留したアスベスト繊維は、その物理的な刺激や化学的な反応によって、周囲の細胞に慢性的な炎症を引き起こします。この長年にわたる炎症が、細胞の遺伝子を傷つけ、正常な細胞をがん化させたり、組織を硬く線維化させたりする原因となるのです。これが、悪性中皮腫や肺がん、石綿肺といった深刻な病気の引き金となります。
3. アスベストの種類とそれぞれの特徴
アスベストは、大きく分けて「蛇紋石(じゃもんせき)族」と「角閃石(かくせんせき)族」の2つに分類されます。どちらも人体に有害ですが、特に角閃石族は発がん性が高いとされています。
クリソタイル(白石綿):蛇紋石族
世界中で使用されたアスベストの約9割を占める、最もポピュラーな種類です。繊維が比較的しなやかで、セメント製品やブレーキパッドなど、様々な用途で使われました。他の種類に比べれば発がん性のリスクは低いとされていますが、WHO(世界保健機関)は「管理された使用であっても安全ではない」としており、人体に有害であることに変わりはありません。
クロシドライト(青石綿):角閃石族
針状の硬く鋭い繊維が特徴で、発がん性が最も高い種類とされています。主に、耐酸性が求められるセメント管や、高圧に耐えるための吹付け材などに使用されました。その危険性の高さから、日本では比較的早い段階で製造・使用が禁止されました。
アモサイト(茶石綿):角閃石族
クリソタイルとクロシドライトの中間的な性質を持ち、発がん性はクロシドライトに次いで高いとされています。耐熱性や防音性に優れるため、主に建物の断熱材や保温材、吹付け材として多く使用されました。
その他にも、アクチノライト、アンソフィライト、トレモライトといった種類のアスベストが存在します。重要なのは、「どの種類のアスベストも発がん性を有しており、安全なアスベストは存在しない」ということです。
4. アスベストが原因で発症する代表的な病気
アスベストばく露によって引き起こされる主な病気には、以下のようなものがあります。いずれも潜伏期間が長いのが特徴です。
悪性中皮腫(あくせいちゅうひしゅ)
肺を覆う「胸膜」や、腹部の臓器を覆う「腹膜」などに発生する、悪性度の高いがんです。アスベストばく露との関連が医学的に確立されており、「アスベストの職業病」ともいえる疾患です。潜伏期間は20年~40年と、特に長い傾向があります。
肺がん
アスベスト繊維が肺の組織を直接傷つけることで発生するがんです。喫煙とアスベストばく露が重なると、肺がんの発症リスクが相乗的に高まることが知られています。潜伏期間は15年~40年程度です。
石綿肺(アスベストーシス)
肺の中に大量のアスベスト繊維が蓄積し、肺が硬く線維化してしまう病気(じん肺の一種)です。肺の機能が低下し、息切れや呼吸困難などの症状が現れます。高濃度のアスベストにばく露した労働者に多く見られます。潜伏期間は10年以上です。
びまん性胸膜肥厚(びまんせいきょうまくひこう)
胸膜が広範囲にわたって厚くなる病気です。肺の膨らみが妨げられ、呼吸機能の低下や胸の痛みを引き起こします。
良性石綿胸水(りょうせいせきめんきょうすい)
胸膜に炎症が起こり、胸水(水)がたまる病気です。発熱や胸の痛み、呼吸困難を伴うことがあります。
これらの病気と診断された場合、あるいは疑いがあると指摘された場合には、仕事や生活環境との関連を調査し、適切な補償や救済制度を利用できる可能性があります。
なぜ、弁護士への相談が必要なのか
アスベストによる健康被害を受けられた方やそのご家族が、正当な補償・賠償を受けるためには、様々な公的制度を利用することになります。しかし、その手続きは複雑で、専門的な知識が求められる場面が少なくありません。このような状況で、法律の専門家である弁護士に相談・依頼することには、以下のようなメリットがあります。
1. 被害者の状況に応じた最適な救済制度を判断できる
アスベスト被害者のための救済制度には、「労災保険」「石綿健康被害救済法」「建設アスベスト給付金制度」「国や企業に対する損害賠償請求(裁判)」など、複数の選択肢があります。どの制度が利用できるかは、被害者の方の働き方(会社員、一人親方など)、ばく露状況、病状などによって異なります。弁護士は、専門的な知見に基づき、ご相談者様の状況を丁寧にお伺いした上で、最も有利な解決に繋がる制度選択をサポートします。
2. 煩雑で専門的な手続きを任せられる
各種制度の申請には、過去の職歴の証明、医学的な所見を記載した書類、戸籍謄本など、数多くの書類を収集・作成する必要があります。特に、何十年も前の職歴を証明することは、ご本人やご家族だけでは困難な場合があります。弁護士にご依頼いただければ、これらの煩雑な書類の収集から申請手続きまで、すべてを代行することが可能です。
3. 証拠が乏しい場合でも、立証の可能性を追求できる
「働いていた会社が倒産してしまった」「手元に給与明細などの資料が何もない」といった理由で、アスベストばく露の証明を諦めてしまう方がいらっしゃいます。しかし、弁護士は、当時の同僚の方からの証言(陳述書)を集めたり、国の保有する資料を開示請求したりするなど、法的な手段を用いて証拠を収集する方法を知っています。諦める前に、まずはご相談ください。
4. 国や企業との交渉・訴訟を有利に進められる
国や企業に対して損害賠償を請求する場合、法律に基づいた主張と立証が不可欠です。相手方は法律の専門家を立てて対応してくることがほとんどであり、個人で立ち向かうには大きな困難が伴います。アスベスト問題に精通した弁護士が代理人となることで、法的に対等な立場で交渉や訴訟を進め、適正な賠償額の獲得を目指すことができます。
5. 精神的・時間的な負担を大幅に軽減できる
病気の治療を受けながら、あるいはご家族を亡くされた悲しみの中で、不慣れな手続きを進めることは、心身ともに大きな負担となります。弁護士に一任いただくことで、皆様は治療や日々の生活に専念することができます。法的な問題は専門家に任せ、安心して前を向くためのサポートをさせていただくことが、私たちの重要な役割だと考えています。
まとめ
今回は、アスベスト(石綿)とは何か、その危険性や種類、引き起こされる健康被害の概要について解説しました。
アスベストは、目に見えない静かな脅威であり、その被害は長い年月を経て現れる深刻な問題です。しかし、最も重要なことは、被害に遭われた方々には、法的に認められた救済を受ける権利があるということです。
- アスベストは天然の鉱物繊維で、かつて建材などに広く使われました。
- 非常に細かく体内に残りやすいため、悪性中皮腫や肺がんなどの重い病気を引き起こします。
- 潜伏期間が15年~50年と非常に長く、昔のばく露が今になって問題化しています。
- アスベスト被害に遭われた方には、労災保険や給付金、損害賠償請求など、様々な救済制度が用意されています。
- これらの制度を適切に利用し、正当な補償を受けるためには、専門家である弁護士のサポートが有効です。
もし、あなたご自身やご家族がアスベストによる健康被害に遭われたり、過去のばく露にご不安を感じていたりするのであれば、決して一人で抱え込まないでください。
「自分の場合は対象になるのだろうか」「何から手をつけていいかわからない」といった、どんな些細な疑問でも構いません。
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