はじめに
アスベスト(石綿)による健康被害を受け、いざ補償制度について調べてみると、「労災保険」「石綿健康被害救済法」「建設アスベスト給付金」といった、似ているようで異なる制度がいくつも出てきて、混乱してしまう方は少なくありません。
「私はいったい、どの制度を使えるのだろう?」
「それぞれの制度で、何がどう違うのだろう?」
これらの疑問を解消し、ご自身の状況に最も適した制度を見極めることは、正当な補償を受けるための第一歩です。この記事では、アスベスト被害者を救済する3つの主要な公的制度について、その違いを様々な角度から比較します。ぜひ、ご自身の状況と照らし合わせながらお読みください。
Q&A
Q1. 一番お金がもらえるのはどの制度ですか?
一概に「この制度が一番」とは言えません。なぜなら、補償の形が異なるからです。「労災保険」は治療費や休業補償に加え、亡くなるまで、あるいはご遺族に継続的に支払われる「年金」が中心で、長期的には最も手厚くなる可能性があります。一方、「建設アスベスト給付金」は、最大1,300万円というまとまった「一時金」として支払われるのが特徴です。また、これらとは別に、裁判等で「慰謝料」を請求することで、受け取れる総額は変わります。状況に応じて最も有利な組み合わせを考えることが重要です。
Q2. 私は建設業で一人親方として働いていました。どの制度の対象になりますか?
まず、一人親方として「労災保険の特別加入」をしていれば、労働者と同様に労災保険の対象となります。もし加入していなければ、労災保険は使えません。その場合、メインの救済制度となるのが「建設アスベスト給付金」です。この制度は、国の責任を背景に、一人親方も広く救済の対象としています。さらに、労災に未加入であれば、医療費などをカバーする「石綿健康被害救済法」の対象にもなり得ます。このように、働き方一つで利用できる制度が変わってくるのです。
Q3. 申請の難易度は、どの制度も同じですか?
どの制度も専門的な証明が必要なため簡単ではありませんが、難しさの「質」が異なります。「労災保険」は、病気が“業務に起因すること”の証明が求められます。「建設アスベスト給付金」は、国が定めた“特定の建設業務に特定の期間従事していたこと”を証明する必要があります。一方、「石綿健康被害救済法」は、ばく露の原因が特定できなくても救済される道がある反面、日本国内でのばく露であることの証明が必要です。それぞれに立証のポイントがあり、専門家によるサポートが有効です。
解説
比較表で見る 3大救済制度の違い
3つの制度の主な違いを、以下の表にまとめました。
比較項目 |
① 労働者災害補償保険(労災保険) |
② 石綿健康被害救済法 |
③ 建設アスベスト給付金制度 |
制度の目的 |
仕事が原因の病気やケガへの補償 |
労災で救済されない被害者の救済(セーフティネット) |
国の責任を背景とした建設労働者への迅速な救済 |
給付の主体 |
国(労働基準監督署) |
環境再生保全機構(ERCA) |
国(厚生労働省) |
主な対象者 |
会社員、アルバイトなどの労働者(特別加入の一人親方等も含む) |
労働者以外(自営業者、主婦、ばく露源不明者など)、労災時効切れ遺族 |
建設業務従事者(一人親方、個人事業主も含む) |
証明すべきこと |
業務と病気の因果関係 |
日本国内でのアスベストばく露 |
特定の期間・特定の建設業務への従事 |
給付の中心 |
治療費・休業補償・年金 |
治療費・療養手当・弔慰金 |
病状に応じた一時金 |
給付額の例 |
給与額や障害等級による |
療養手当:月額103,870円、特別遺族弔慰金:280万円 |
550万円~1,300万円 |
治療費 |
全額給付(自己負担なし) |
自己負担分を給付 |
対象外(労災・救済法等を利用) |
慰謝料 |
含まれない |
含まれない |
含まれない |
請求期限(時効) |
給付種類により2年または5年と短い |
特別遺族給付金は2032年3月27日までに延長 |
損害を知った時などから20年 |
各制度のメリット・デメリットを深掘り
比較表を踏まえ、それぞれの制度の長所と短所を解説します。
① 労災保険
- メリット: なんといっても補償が手厚い点です。治療費全額に加え、障害が残った場合や亡くなられた場合に、生涯にわたって年金が支給される制度は他にありません。継続的な生活の安定という面で、最も強力な制度です。
- デメリット: 労働者でなければ利用できず、「業務上」の病気であることの証明が厳格に求められます。特に、複数の会社を転々とした場合や、退職から長期間経過している場合などは、証明が困難になることがあります。
② 石綿健康被害救済法
- メリット: 労災の対象から外れてしまう人を広く救済する間口の広さが特徴です。アスベストをどこで吸ったか特定できなくても対象となるため、「最後の砦」ともいえる制度です。
- デメリット: 補償内容は、医療費と療養手当が中心となり、労災のような手厚い年金制度はありません。給付額は限定的であり、生活を全面的に支えるには十分でない場合があります。
③ 建設アスベスト給付金
- メリット: 裁判を起こすことなく、国から直接、最大1,300万円というまとまった一時金を受け取れるのが最大の魅力です。要件を満たせば、他の制度に比べて手続きが比較的迅速に進むことも期待されます。
- デメリット: 対象が「建設労働者」に限定されており、かつ、国が定めた期間(主に1975年~2004年)や業務内容に該当しなければ利用できません。
なぜ、弁護士への相談が必要なのか
この3つの制度を比較検討し、ご自身にとって最善の道を選ぶには、専門家の視点が重要です。
制度を横断的に比較検討できる専門家
労働基準監督署は労災のこと、ERCAは救済法のことしか教えてくれません。弁護士は、これらの制度を横断的に把握し、それぞれのメリット・デメリットを比較した上で、ご相談者様の状況に合わせたオーダーメイドの解決策を提示できる専門家です。
証拠に基づき、有利な制度を選択・組み合わせる戦略
ご相談者様からお預かりした職歴や医療記録を基に、「この証拠なら労災認定の可能性がある」「この職歴なら建設アスベスト給付金の対象だ」といった法的な判断を下します。さらに重要なのは、手続きの順序です。例えば、先に労災認定を受けることで、その情報を活用して建設アスベスト給付金の申請をスムーズに進める「労災支給決定等情報提供サービス」という仕組みがあります。このような戦略的な手続きの進め方を提案できるのが弁護士です。
複雑な併給調整にも対応
労災と建設アスベスト給付金を両方利用する場合など、制度間の複雑な調整(併給調整)が発生します。弁護士は、これらの計算も正確に行い、最終的に依頼者が受け取れる金額の見込みを的確にお伝えすることができます。
まとめ
アスベスト被害の3大救済制度は、それぞれに特徴があり、一長一短です。
- 労災保険は、対象となる労働者にとっては補償が最も手厚い。
- 石綿健康被害救済法は、対象者が広く、最後のセーフティネットとなる。
- 建設アスベスト給付金は、対象となる建設労働者にとっては迅速な一時金が魅力。
これらの違いを理解した上で、ご自身の働き方や病状に照らし合わせ、どの制度を目指すべきかを考える必要があります。しかし、その判断を誤ると、受け取れる補償額が大きく変わってしまう可能性があります。自己判断で進めてしまう前に、まずはすべての制度を比較検討できる専門家にご相談ください。
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