はじめに
「この建物はアスベストを使っているのだろうか」「いつ頃の建物が危ないのか」
ご自宅や職場、あるいはご家族が働いていた建設現場について、このような不安をお持ちの方は少なくありません。
かつては非常に便利な建材として重宝されたアスベストですが、その深刻な健康被害が明らかになるにつれ、国は段階的にその使用を規制してきました。
日本の法規制がどのように変わってきたのか、そして「一体いつまでアスベストは使われていたのか」を知ることは、ご自身やご家族が受けたかもしれないアスベストばく露のリスクを把握し、正当な権利を主張する上で重要な第一歩となります。
この記事では、日本の複雑なアスベスト規制の歴史を時系列で紐解き、現在の法規制と残された課題について解説します。
アスベスト規制に関するQ&A
Q1. なぜ、あれほど危険なアスベストがすぐには禁止されなかったのですか?
これは、アスベスト問題の根幹に関わる重要な問いです。理由はいくつか考えられますが、主に「経済的な有用性の高さ」と「健康被害の認識の遅れ」が挙げられます。
アスベストは安価で耐火性・断熱性に優れていたため、高度経済成長期の日本において、建築や工業の分野で代替が難しい材料でした。また、吸ってから数十年経って発症するという潜伏期間の長さから、その危険性が社会全体で深刻な問題として認識されるまでに時間がかかりました。
国が、その危険性を認識しながらも産業経済を優先し、抜本的な対策を怠ってきた側面は否定できず、この「規制の遅れ」こそが、後の国家賠償訴訟で国の責任が問われる大きな理由となっています。
Q2. 2006年(平成18年)以降に建てられた建物なら、アスベストは全くないと安心できますか?
2006年9月1日以降、アスベストの含有率が0.1重量%を超える製品の製造、輸入、使用などが全面的に禁止されました。
したがって、これ以降に着工された建物については、アスベスト建材が使用されているリスクは少ないとも言えます。
ただし、例外的なケースや、規制以前に製造された在庫品が使用された可能性も完全には否定できません。
重要なのは、日本の多くの建物がこの「2006年」以前に建てられており、そこには依然としてアスベストが存在するリスクがあるという点です。
Q3. 規制の歴史を知ることは、なぜ大切なのですか?
ご自身やご家族がアスベストにばく露した時期や状況を特定する上で、規制の歴史は重要な物差しとなります。
例えば、「いつ頃、どのような建設作業に従事していたか」という情報と、「その時期にはどのようなアスベスト建材が規制されておらず、一般的に使われていたか」という情報を照らし合わせることで、ばく露の事実をより具体的に推測し、証明する手助けになります。
これは、労災保険の申請や、建設アスベスト給付金の請求、国や企業への損害賠償請求を行う際に、法的な主張を裏付けるための有力な根拠となり得ます。
解説
日本の歴史とアスベスト規制の変遷
日本のアスベスト規制は、一夜にして完成したわけではありません。危険性の認識の高まりとともに、約30年以上の歳月をかけて段階的に強化されてきました。その道のりを振り返ってみましょう。
1. 規制なき拡大期(~1974年)
日本の高度経済成長期と重なるこの時代、アスベストは「奇跡の鉱物」として、その使用量が急激に増加しました。特に、ビルの高層化に伴う鉄骨の耐火被覆材として、吹付けアスベストが大量に使用されました。
この時期は、アスベストの危険性に対する社会的な認識は低く、法的な規制はほとんど存在しない「無法地帯」ともいえる状況でした。
この時代に建設現場などで働いていた方々は、何の防護措置もないまま、高濃度のアスベストにばく露していた可能性が高いと考えられます。
2. 規制の始まりと限定的な対策(1975年~1994年)
国際的にアスベストの有害性が指摘され始め、日本でもようやく規制が始まります。
1975年(昭和50年):特定化学物質等障害予防規則(特化則)の改正
これが日本の実質的なアスベスト規制の第一歩です。発がん性が特に問題視された吹付けアスベスト(石綿)が原則禁止されました。
しかし、これはあくまで「吹付け」作業の禁止であり、また対象もアスベスト含有率が「5%」を超えるものに限定されていました。
そのため、アスベストを5%以下で含有する吹付け材や、その他のアスベスト含有建材は、その後も広く使われ続けることになります。
この時期は、規制が始まったとはいえ、限定的なものでした。多くの建設現場や工場では、依然として様々なアスベスト建材が対策不十分なまま扱われていました。
3. 段階的な使用禁止と「代替化」の時代(1995年~2005年)
より毒性の強いアスベストから、段階的に使用が禁止されていきました。
1995年(平成7年):クロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)が原則使用禁止に
発がん性が特に高いとされる2種類のアスベスト(角閃石族)を含む製品の製造・使用が原則禁止されました。
しかし、最も使用量が多いクリソタイル(白石綿)は規制の対象外とされ、代替が難しいとされた建材や部品では、その後も使用が継続されました。
この「比較的安全」とみなされたクリソタイルの使用継続が、結果として被害を拡大させる一因となりました。
2004年(平成16年):代替が困難な一部を除くアスベスト製品が原則禁止に
この改正で、アスベスト含有建材の多くが規制対象となり、原則として製造・使用等が禁止されました。クリソタイルを含む建材も、この時点でようやく規制の対象となったのです。
4. 原則「全面禁止」へ(2006年~)
社会に大きな衝撃を与えた「クボタ・ショック」(2005年)が、国の規制を大きく動かします。
大手機械メーカー「クボタ」の旧工場周辺で、労働者だけでなく近隣住民にもアスベストによる健康被害が多発していることが明らかになり、アスベスト問題が社会全体の問題として大きくクローズアップされました。
2006年(平成18年):アスベスト含有率0.1%超の製品が原則全面禁止に
この法改正により、ついにアスベストは、ごく一部の例外を除いて、その製造、輸入、譲渡、提供、使用が全面的に禁止されました。これが、「アスベストはいつまで使われていたか」という問いに対する、最も重要な節目となります。
5. 現在の課題:「ストック問題」と法改正
現在、新たなアスベストの使用は禁止されていますが、問題は過去の「負の遺産」です。規制前に建てられた膨大な数の建築物には、今なお大量のアスベスト建材が残存しています。これを「ストック問題」と呼びます。
これらの建物が老朽化したり、解体・改修されたりする際に、適切な対策が取られなければ、アスベストが飛散し、作業員や近隣住民に新たな健康被害をもたらす恐れがあります。
この問題に対応するため、近年では大気汚染防止法などが改正され、解体等工事における事前調査の義務化や、調査結果の報告・掲示、作業基準の遵守などが厳格化されています。
なぜ、弁護士への相談が必要なのか
アスベスト規制の複雑な歴史は、被害者の方々が正当な救済を受けるための道筋と密接に関わっています。弁護士は、この歴史的背景と法律を深く理解し、皆様をサポートします。
- ばく露時期と規制内容の的確な関連付け
「自分が働いていた年代には、どんなアスベスト建材が合法的に使われていたのか」を法的な観点から分析し、ばく露状況の立証を有利に進めます。これは、労災や給付金の申請において、説得力のある主張を組み立てるために必要です。 - 「国の責任」の追及をサポート
アスベスト訴訟では、国が危険性を認識しながら規制を怠った「不作為」が争点となります。弁護士は、規制の歴史的経緯を踏まえ、なぜ国の対応が遅れたのかを法的に追及し、国家賠償請求を通じて被害者の権利回復を目指します。建設アスベスト給付金制度も、この国の責任を前提として創設された制度です。 - 複雑な制度の中から最適な解決策を提案
どの時期に、どのような作業で、どのような病気になったかによって、利用できる救済制度は異なります。弁護士は、ご相談者様一人ひとりの状況と規制の歴史を照らし合わせ、建設アスベスト給付金、労災保険、企業への損害賠償請求など、複数の選択肢の中から最も適切な解決プランを設計し、ご提案します。
まとめ
日本の複雑なアスベスト規制の歴史を振り返ると、以下の点が重要であることがわかります。
- 1975年に初めて「吹付けアスベスト」が規制されましたが、限定的なものでした。
- その後、段階的に規制は強化されましたが、多くの建材でアスベストは使用され続けました。
- 2006年にようやく、アスベストは原則として「全面使用禁止」となりました。
- しかし、2006年以前に建てられた建物には、今なおアスベストが残存しており、解体時の飛散リスクという課題が残っています。
国の規制が後手に回った結果、多くの方が知らず知らずのうちにアスベストにばく露し、健康を害されることになりました。しかし、それは同時に、被害に遭われた方々には国や企業に対して正当な補償を求める権利があることを意味します。
ご自身の職歴やご家族の状況と、今回解説した規制の歴史を照らし合わせて、少しでも心当たりがある方は、決して諦めないでください。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、アスベスト被害に関するご相談を無料で受け付けております。私たちが、皆様の正当な権利の実現に向けて、全力でサポートいたします。
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